mimico.
海火事
『あるいは佐々木ユキ』
『あるいは佐々木ユキ』/福間健二(2013)
正直にいうと少し物足りない。
でも私がそう思う部分は想像力とかそういった類のもので補えるのかもしれない。
私にとって想像力を働かせるような共感要素がなかっただけかもしれないし、他の人もそう感じているのかはわからないけれど、雰囲気に頼っていますという感じは否めなかった。
詩の中の言葉はとても自由で都合がいい。
それは反復できるし、自分なりに解釈できる。
何を伝えようとしたのか、探り探りで考えていた。
佐々木ユキには両親がいて、兄もいて、でももう一緒には暮らしていない。
今は一人暮らしをしていて、凹凸のない日々を過ごしている。
空っぽの自分に水を注ぐ存在がどこかにいて、その誰かを探している。
誰にでもあてはまるといえばあてはまるし
誰にでもあてはまらないといえばあてはまらない。
詩集を持っていくと学生料金でみれてお得。
mimico.
波の所在
海がみたくて飛び出した。
朝になる前に。
朝になったら何かが変わる気がしたから。
海に着いたら空は曇っていて
朝日は雲に隠れていて
誰も私の味方ではなかった。
波は規則的に不規則に
押しては返した。
あの波はもう二度とはやってこない。
今頃は。
mimico.
嘘
求めないことでわたしは強くなる
気付かないことでわたしは強くなる
知らないことでわたしは強くなる
演じることでわたしは強くなる
心臓はだんだんまあるくなって何も感じなくなる
地獄がわたしを望むなら、よろこんで飛び込もう
嘘をついた代償といっしょに
mimico.
『あの娘が海辺で踊ってる』
『あの娘が海辺で踊ってる』/山戸祐希(2011)
監督、年下、大学生。
内容とか関係なく刺激を受けないはずがない作品だった。
本編が始まってからしばらくはがっかりしていた。
いまどきの学生映画じゃないか、という感じでこの程度か、と思っていた。
上映が終わり、謎のパフォーマンスと中森明夫のトークショーを終えて
帰りの電車の中でずっと思っていた。強い衝動だった。
彼女たちをバカバカしいと思うことは簡単だ。
でもそうは思わない。
「映画未満」だ、と言われるように、
映画としての機能をこの作品が果たしているかといったらそうではない。
しかしなぜこの映画が評価されるのか。
それはきっと作り手に可能性を感じるからだと思う。
「こいつら、おもしろい」
と思わせる力があるんだと思う。
それはとても悔しいこと。
でも見習うべきこと。
馬鹿にするのは簡単だ。
否定することは受け入れることよりもずっと簡単だから。
映画はあくまでもキッカケで、
彼女たちが会場で配っていた「あの娘新聞」やパフォーマンスすべて
形にしてしまうことが彼女たちの力。認めざるを得ない。
もう一度、映画を撮ろう。
私は映画を見ている途中から、帰りの電車もずっとそう思っていた。
そう思わせてくれる作品だった。
mimico.












